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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)4号 判決

原告

旭鑛末資料合資会社

告代表者代表社員

佐瀬辰三

右訴訟代理人

若林信夫

古曳正夫

被告

公正取引委員会

右代表者委員長

高橋元

右指定代理人

小木曽国隆

外二名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一原告

1被告が、昭和五五年一二月一〇日、訴外住友セメント株式会社(以下「住友セメント」という。)に対する昭和五五年(勧)第一二号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)違反事件についてした審決(以下「本件審決」という。)を取り消す。

2右事件を被告に差し戻す。

3訴訟費用は被告の負担とする。

二被告

(本案前の申立て)

主文同旨

(本案に対する申立て)

1原告の請求を棄却する。

2訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本案前の主張(原告適格の有無)

(原告)

1原告は、重炭酸カルシウム及び石粒(石灰石を数ミリメートル以下に紛砕したもの。)(以下、両者を総称して「石灰石紛末」という。)の製造販売業者であり、住友セメントは、セメントの製造販売業者であるが、住友セメントと原告は昭和四七年七月二〇日、両社が昭和四二年九月一六日に締結した別紙一記載の条項を骨子とする石灰石鉱業権の処分及び石灰石の供給の相手方の制限等に関する契約(以下「本件基本契約」という。)を整理、統合して新契約を締結することを合意したが、住友セメントは、昭和四八年四月、原告に対し、新契約締結交渉の延期、本件基本契約の実質的廃棄を要求し、原告がこれを拒否したところ、本件基本契約に反して、訴外日東紛化工業株式会社に大々的な石灰石の供給を開始したのみならず、同年一二月東京地方裁判所に対し、原告を相手どつて本件基本契約及び関連の契約を記載した公正証書(七通)について、右各債務名義の執行力の排除を求めて請求異議訴訟(同裁判所昭和四八年(ワ)第一〇一六三号)を提起した。これに対し、原告は、右訴訟の反訴として、本件基本契約に付帯する違約金約定に基づく違約金三一億八九二四万円の支払請求訴訟(同裁判所昭和五三年(ワ)第八〇八号。後に請求金額を四四億一一一一万円に拡張した。)を提起し、更に、同裁判所に対し、住友セメントを相手どつて本件基本契約に付帯する融資契約に基づく消費貸借金五〇〇〇万円の交付請求訴訟(昭和五〇年(ワ)第四九一二号)を提起し、これら三訴訟(以下「別件民事訴訟」という。)は現在同裁判所に係属中であるが、住友セメントは、前記請求異議訴訟における請求原因、他の二訴訟の抗弁として、本件基本契約において同社の義務を定める条項は独禁法三条前段(私的独占の禁止)及び一九条(不公正な取引方法の禁止。同法二条九項、昭和二八年九月一日公正取引委員会告示第一一号による一般指定七、八、一〇、一一号該当)の規定に違反し、無効である旨主張している。そして、本件審決後、これに做つて、同法二条六項に規定する不当な取引制限に該当し、同法三条後段の規定に違反する旨の主張を追加した。

2原告は、本件基本契約のうち住友セメントの義務を定める条項の効力を維持する必要があるところ、本件基本契約のうち、石灰石鉱業権の処分及び石灰石の供給の相手方を制限する規定の削除の措置をとるべきものとする本件審決(その主文の詳細は別紙三のとおりである。)が取消されない限り、原告は前記訴訟において不利な判決を受けるおそれがあるから、原告は本件審決の名容人ではないが、その取消しを求めるにつき法律上の利益を有する。なお、本件審決は、勧告審決(独禁法四八条)であるが、勧告審決も独禁法違反行為の認定を前提とし、右認定を認める趣旨を含む名宛人の応諾を基礎とするものであり、この応諾が単に勧告された排除措置を採るべきことの承諾に止まるものでない以上、本件審決が勧告審決であるからといつて原告が前記訴訟において不利な判決を受けるおそれがあることに変りはなく、したがつて、原告の前記法律上の利益が失われるものではない。

(被告)

1原告主張1の事実中、原告及び住友セメントが原告主張のような業を営んでいるものであること、原告と住友セメントが昭和四二年九月一六日に本件基本契約を締結したこと、住友セメントと原告との間に原告主張のような別件民事訴訟が係属していること、右訴訟において、両者が原告主張のような請求をし、住友セメントが、その請求原因ないし抗弁として、本件基本契約の同社の義務を定めた条項について、独禁法三条前、後段及び一九条に違反する無効なものである旨主張していることは認めるが、その余の事実は争う。

2原告主張2の事実中、本件審決の主文が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

本件審決は、住友セメントを名宛人とするものであり、同社以外の第三者を拘束するものではない。しかも、本件審決は、住友セメントに主文どおりの措置をとるべき公法上の義務を負わせるにとどまり、その性質は独禁法の目的を達成するための行政的手段にほかならないから、独禁法違反とされた契約の私法上の効果を左右する効力を有するものではない。それ故、原告主張の前記訴訟を審理する裁判所は、自由な判断に基づいて判決をすればよく、本件審決に拘束されることはない。

したがつて、原告は、本件訴えにつき原告適格を有しないから、本件訴えは、不適法であり却下を免れない。

二  本案についての主張

1  請求原因

(一) 被告は、本件基本契約が独禁法二条六項の不当な取引制限に該当し、同法三条に違反するとして、昭和五五年一〇月二〇日住友セメントおよび原告に対し別紙二記載の措置をとるよう勧告し、住友セメントは同月二九日右勧告を応諾したので、被告は、同年一二月一〇日別紙三記載の主文の本件審決をした。原告は、被告の前記勧告を応諾しなかつたため、被告は原告に対する審判開始決定をし(昭和五五年(判)第三号)、右事件は現在係属中である。

(二) しかし、本件審決は、次のように違法なものである。

(1) 本件基本契約は、住友セメントと原告相互間の権利義務を一体として定めたものであり、これに対する被告の適否の判断ないし処分は、両社につき合一に確定すべきであるから、右契約に対する措置の勧告を両社がともに応諾しなかつた場合は、被告は、応諾した一社についてのみ勧告審決をすることは許されない。即ち

(ア) 被告の住友セメントに対する本件審決と原告に対する審判審決において、本件基本契約に関する独禁法上の違法事実の存否について異なる判断がされた場合には、当事者を混乱させ紛争を拡大させることになるから、独禁法上の審判手続において本件基本契約のような取引契約の違法性を判断する場合には、当該契約当事者双方について合一に確定すべき必要性がある。なお、前記両審決の判断が異なつた場合、同法六六条二項によつて事後的に住友セメントに対する本件審決を取消したとしても、右取消までの矛盾、混乱を十分に回避解決することができない。

(イ) 本件基本契約に関し、原告と住友セメントとの間には、住友セメントの契約不履行から紛争が生じていたところ、住友セメントは右取引契約上の義務を免れるため、本件基本契約には独禁法上の違反状態がないのに、自ら違反行為者として認定されることを希望していた者である。原告は被告に対し右事情を告知していたにも拘わらず、被告は本件審決をしたのである。被告としては、本件基本契約の当事者である住友セメントが勧告に応諾しても、相手方の原告が右勧告を争つている場合には、本件審決を差控えるべきである。

(ウ) 本件基本契約は、原告と住友セメント間の取引の一部を構成する契約であつて、相互の権利義務が均衡して定められているから、本件審決が住友セメントに対し右契約上の義務不履行ないし負担回避を命ずるものである以上、原告としては、本件審決の名宛人ではないものの、これによつて受ける影響は甚大である。このような場合には本件審判手続にも民事訴訟上の類似必要的共同訴訟の考え方を適用して住友セメント及び原告に対する各審決を合一に確定すべきである。したがつて、本件審決は右合一確定の法理に違反する。

(2) 住友セメントに対する審決で排除措置を命ずるのは、本件基本契約中、勧告を応諾した住友セメントが原告の事業活動を拘束し、原告に義務を課している部分、即ち別紙一記載のイのうち原告に義務を課している部分、同ハ及び同ニのうち原告に義務を課している部分に限定すべきである。けだし、もし住友セメントに義務を課している部分についてまで排除措置を命ずると、住友セメントは、本件審決が取消されるまで原告に対し契約違反の責を負わず、違約金約款による違約金支払の責を負わずに原告の同業者に石灰石を供給することができ、これにより石灰石紛末製造販売の分野に変化が生じ、原告の利益が侵害されるおそれがある。そして本件審決が取消されても、にわかに旧に復するものではないから、右義務に対応する権利者である原告の不服申立を実質上無意義にするとともに、原告についての審判手続を経た後に違反事実がないことが明らかになつたときに、同一の行為につき措置内容が矛盾することになるからである。ところが、本件審決は、本件基本契約により住友セメントに義務を課す規定にまで及んでおり、違法である。

(3) 住友セメントが本件基本契約を締結した行為は同法二条六項に該当せず、同法三条に違反しない。

よつて、本件審決を取り消し、さらに審判をさせるため、事件を被告に差し戻すことを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は、すべて認める。

(二) 同(二)、(1)の事実中、本件基本契約が、住友セメントと原告間相互の権利義務を定めたものであること及び住友セメントが勧告を応諾し、原告が応諾しなかつたことは認めるが、その余の主張は争う。

原告が主張するような合一確定の必要はない。即ち

(ア) 本件審判は、過去の行為の違法性を問題とするのではなく、本件審決時に行政処分を課すべき違法事実がある場合に、その排除措置の必要性を問題とするものであるから、同一審判対象事実についても、審決時が異なれば、異つた判断がされるのは当然であり、合一に確定しなくても矛盾は生じない。なお、原告に対する審決において、住友セメントに対する本件審決と異なつた判断を示す場合、必要ならば独禁法六六条二項により本件審決を取消し変更することができるので、両者に対する各審決を事後的に調整することは可能である。

(イ) 本件基本契約により現に石灰石紛末製造業者らの石灰石入手先が制限され、独禁法の違法状態が存在すると被告が認定した場合、原告及び住友セメントに対する各審決を合一に確定する方法をとるか、又は勧告に応諾する住友セメントに対してのみ勧告審決を行い、速やかに違法状態を解消する措置をとるかの判断は、被告が公益上独禁政策に照らし、その責任と裁量においてこれをすることができるのである。

(ウ) 本件審決の効力は、住友セメントを名宛人とするものであつて、原告を拘束するものではないから、住友セメント及び原告に対する各審決を合一に確定する必要は認められず、民事訴訟上の類似的必要的共同訴訟の考え方が成り立ち得る余地はない。

(三) 同(二)、(2)の主張は争う。

(四) 同(二)、(3)の主張は争う。後記3抗弁のように、住友セメントの行為は違法なものである。

3  抗弁〈省略〉

4  抗弁に対する認否〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一  本案前の主張(原告の当事者適格)についての判断

1原告が石灰石紛末の製造販売業者であり、住友セメントがセメントの製造販売業者であること、原告と住友セメントが昭和四二年九月一六日本件基本契約を締結したこと、住友セメントと原告との間に別件民事訴訟が係属していること、右訴訟において、両者が原告主張のような請求をし、住友セメントが、その請求原因ないし抗弁として、本件基本契約の同社の義務を定めた条項について独禁法三条前、後段及び一九条に違反する無効なものである旨主張していること、被告が昭和五五年一二月一〇日住友セメントに対し、主文を別紙三記載のとおりとする本件審決をしたことは、当事者間に争いがない。

2公正取引委員会のした独禁法四八条所定のいわゆる勧告審決について、取消訴訟を提起する者は、当該勧告審決の取消しを求めるについて、行政事件訴訟法九条所定の法律上の利益を有することを要する。

ところで、勧告審決の制度は、独禁法の目的を簡易迅速に実現するため、独禁法四八条にいう違反行為をした者が、その自由な意思で勧告どおりの排除措置をとることを応諾した場合には、あえて公正取引委員会が審判手続を経て違反行為の存在を認定する必要はないものとし、ただ、右応諾の履行について審判がなされた場合と同一の法的強制力によりこれを確保するため、審判の形式をもつて排除措置を命ずることとしたものと解される。したがつて、正規の審判手続を経てされる審判審決(同法五四条一項)が公正取引委員会の証拠による違反行為の存在の認定を要件とし、また、同意審決(同法五三条の三)が違反行為の存在について、被審人の自認を要件としているのに対し、勧告審決は、その名宛人の自由な意思に基づく勧告応諾の意思表示を専らその要件とするものであるから、右名宛人以外の第三者を拘束するものでないことはもちろん、当該行為が独禁法に違反する行為であることを確定したり、勧告審決に基づく名宛人の行為を正当化するなどの法律的な影響を及ぼすこともないのであつて、名宛人以外の第三者は、他に特段の事情のない限り、勧告審決によりその権利又は法律上の利益を害されることはないものと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(行ツ)第六六号昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一五九二頁、同昭和五〇年(行ツ)第一一二号昭和五三年四月四日第三小法廷判決・民集三二巻三号五一五頁参照)。

これを本件についてみるに、本件審決は、被告が住友セメントを名宛人として本件契約のうち別紙一記載の条項の削除等を内容とする排除措置を命じたものであるから、右審決は住友セメントについて拘束力を有するにとどまり、右名宛人以外の第三者にすぎない原告(原告が本件審決の名宛人でないことは原告の自認するところである。)を何ら拘束するものでないことは明らかである。また、本件審決は、被告が住友セメントに対し、その勧告応諾に基づいて本件基本契約のうち別紙一記載の条項の削除等の排除措置をなすべき公法上の義務を課するにとどまるものであつて、それ以上に本件基本契約の私法上の効力を左右するものでも、本件基本契約について独禁法違反行為の存在を確定するものでもないから、原告は、本件審決の取消訴訟を提起するまでもなく、別件民事訴訟において住友セメントに対し本件基本契約が有効である旨を主張し、これに基づく債務の履行を請求し得るのであり、これに対して、住友セメントは、自己の自由な意思により勧告応諾の意思表示をした以上、本件審決を理由に本件基本契約が独禁法に違反し私法上無効である旨ないし自己の責に帰すべからざる事由により履行不能である旨等の主張をして、本件基本契約に基づく債務の履行を当然には拒み得ないものというべく、これらの本件基本契約の効力、債務不履行責任の存否等の主張の当否は、本件審決とは別個に、別件民事訴訟の受訴裁判所が自由に判断すべきものである。

したがつて、本件審決により原告が別件民事訴訟において当然に不利な判決を受けるおそれがあるものとは認められず、他に本件審決により原告がその権利又は法律上の利益を害され若しくは害されるおそれがあるものというべき特段の事情は、本件全証拠によるもこれを認めることができないから、結局原告は本件審決の取消しを求めるについて、行政事件訴訟法九条所定の法律上の利益を有しないものというべきである。

三以上の次第で、原告は、本件審決取消訴訟について訴えの利益を欠き、当事者適格を有しないものであるから、本案について判断するまでもなく、本件訴えは、不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(矢口洪一 岡垣學 中島恒 塩谷雄 涌井紀夫)

別紙 一

イ 原告及び住友セメント(それぞれの子会社を含む。)は、単独又は共同(第三者との共同を含む。)で福島県田村郡(以下「田村地区」という。)に所有する石灰石鉱業権(出願中のものを含む。)について第三者に譲渡し、担保に供し、租鉱権を設定し、又は放棄し、消滅させる等のその他の処分を行つてはならないこと(四条)。

ロ 住友セメント(子会社を含む。)は、田村地区で採掘し又は取得した石灰石を、原告の同意なしに、他の事業者に供給しないこと(六条)。

ハ 原告(子会社を含む。)は、田村地区で採掘し、又は取得した石灰石を、住友セメントの同意なしに、セメント製造業者に供給しないこと(七条)。

ニ 住友セメント又は原告が、右のイ、ロ又はハのいずれかに違反したときは、違反の期間又は違反して供給した石灰石の数量に応じた違約金を相手方に支払うこと(一四条、付帯覚書一、二、四条)。

別紙 二

一 原告及び住友セメントは、昭和四二年九月一六日に両社間で締結した本件基本契約のうち、石灰石鉱業権の処分の相手方及び石灰石の供給の相手方を制限する規定を削除すること。

二 前記二社は、前項に基づいて採つた措置を田村地区に所在する石灰石紛末製造業者に通知すること。この通知の方法については、あらかじめ、被告の承認を受けること。

三 前記二社は、前二項に基づいて採つた措置を速かに被告に報告すること。

別紙 三

一 住友セメントは、昭和四二年九月一六日に原告との間で締結した本件基本契約のうち、石灰石鉱業権の処分の相手方及び石灰石の供給の相手方を制限する規定を規定を削除しなければならない。

二 住友セメントは、前項に基づいて採つた措置を田村地区に所在する石灰石紛末製造業者に通知しなければならない。この通知の方法については、あらかじめ、被告の承認を受けなければならない。

三 住友セメントは、前二項に基づいて採つた措置を速やかに被告に報告しなければならない。

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